ABOUT

明治屋とは

絆を大切に。以和為貴(わをもってとうとしとなす)。

絆を大切に。以和為貴。
(わをもってとうとしとなす)

明治屋は 大正11年創業

大正11年(1922年)創業の明治屋は、リアカー一台でお酒を運ぶことからスタートしました。
それ以来皆様に支えられ、おかげ様で100周年を迎えました。

先代たちより受け継いだ「心」を第一に 次の100年、さらにその次へと 一人でも多くのお客様に私たちの「心」をお届け致します。

「明治屋」創業の精神

創業者 沓名良平

酒との出会い

創業者は名は沓名良平。庄屋の家の分家に生まれ、末っ子として育った。
良平は、酒蔵を営む幼馴染の家によく遊びに行き、そこで漂う酒の香りに惹かれるようになった。やがて「酒を生業としたい」との思いを抱くようになる。青年期には新酒を味わう機会を得、その感動を契機に酒屋を開業する決意を固めた。

創業時の社屋

創業と発展

1919年、創業者の良平は愛知県安城から単身上京し、墨田区の明治屋で修行を始めた。1922年、修行先の屋号に強い縁を感じ、墨田区太平町に同じ名の「明治屋」を創業する。

当時は日本酒を樽ごと買い付け、数種類をブレンドして店独自の味を提供していた。良平は修行で磨いた技を活かし、味づくりで非凡な才能を発揮する。また誠実さを信条とし、生のまま販売していたため「明治屋の酒は旨い!」と評判になった。しかしその誠実さゆえ、利益はほとんど残らなかった。

二代目 沓名クニ

被災と再起

1923年9月1日、予期せぬ関東大震災により店は壊滅的な被害を受けた。失意の良平はいったん愛知の実家に戻ることになるが、この時、のちに二代目となるクニと結婚する。
良平は明治屋の再開を諦めかけていたが、クニの励ましを受けて1924年に再び上京し、再起を図った。店頭での酒販売に加え、角打ち営業も行い、店は次第に繁盛していった。

沓名保平

明治屋の転機

しかし1946年、良平は突如として脳溢血で亡くなってしまう。当時は死亡保険制度もなく、クニはたった一人で五人の子を育てなければならないという過酷な状況に身を置かれることとなる。
クニは何とか経営を続け家族を守り抜いてきたが、苦しい中で商売をやめることも考えていた。しかし1951年、その局面を打開しようと次男の保平が明治屋を継ぐ決意を固め、修行に出ることとなった。

沓名三兄弟

三兄弟の結束と挑戦

1954年、明治屋は有限会社として法人化された。修行を終えて戻った次男の保平が1957年に後を継ぎ、続くように長男の末良も経営に参画、翌年には末子の俊雄も加わった。

三兄弟は「以和為貴(和をもって貴しとなす)」を理念に一丸となり、組織の基礎を築いた。長男の末良は経営全体を統括し、次男の保平は経理や仕入を担当、末子の俊雄は外回りに徹した。この連携によって、三兄弟が揃ってからは、それぞれの強みを生かして業務拡大を進め、売上も順調に伸びていった。

明治屋の配達員が酒樽をかかえる

100年の時を越えて

こうして先代たちの努力と教えは次世代に受け継がれ、三兄弟の時代を経て培われた創業の精神も代々継承されてきた。明治屋はその積み重ねの末、2025年に創業103年を迎える。

現在は四代目が中心となり、まずは当面の目標として110周年を見据え、これまでと変わらぬ真摯な姿勢で日々邁進している。「以和為貴(和をもって貴しとなす)」の精神は、時を超えて受け継がれ、現代においても息づき、決して色あせることはない。

地元のお客様に支えられ
今日あり

時代とともに変化するニーズを的確に捉え、最良のサービスをお届けすること。
私たち明治屋は創業以来、お得意様の商売繁盛を第一に考え、酒類、食品、米穀などをお届けして参りました。

誠心誠意の対応がお客様への紹介へ結びつき、今では地元のお客様を中心に様々な方々から支えられる会社になりました。より多くのお客様にご満足いただけるよう日々邁進して参ります。

明治屋のサービス

明治屋では業務用の酒類・食品・米穀を豊富にラインナップ。 国内外の和洋酒はもちろん、食品・米穀なども豊富に取り揃えています。

また豊富な経験を基に、さまざまなノウハウや最新の情報を提供し、お客様をトータルにサポート致します。